はんなり時間 -3ページ目

はんなり時間

好きなものについて。
本と、京都と、食と、cafeと、海と、旅と、沖縄と、家族とかについて。


三姉妹で二泊三日ソウルへいってまいりました♡
なんと息子氏はオットとお留守番。
初めて息子氏と別々の夜を過ごしました!
前日はもうさみしくてさみしくて寝かしつけながら半泣きやったけど、
いってみるとほんとさいっっこうに楽しい旅でありました!
ソウル、いい!
またすぐいきたい!


そしてなんかまたすぐ飛んでゆく気がするので、
そのときのために覚えがきとして
食べたもの、言った場所とかを記しておこうと思います。


まずは食べたもの。


景福宮駅すぐ、
「土俗村」の参鶏湯。


photo:01




こちらのお店は、
韓国にどっぷりはまっているという広告会社同期のあっきーに
「ソウルで食べた参鶏湯の中で一番美味しかった!」
と教えてもらったお店。


いやほーんーとーにー美味しかった。
あっさりしてるのに奥深い。
じわじわあったまる!
スープがほんっとにおいしい!


行列ができるお店らしいんやけど、
行った時間が良かったのかすぐに入れました。
あっきーいわく、
並んでも意外と回転が早いからすぐ入れるとのこと。


このカクテキがめちゃくちゃおいしかった!!
photo:02





そうそう、なんか韓国は「おまけ文化」がすごいらしくて、
ご飯屋さんでも、
副菜がたんまりついてきました。
ここのお店ではキムチとカクテキが壺に入ってて食べ放題。
一風堂のもやし的な。


昼間っからまっこりも飲んじゃいましたよ♡
ちなみにこれは末っ子妹子。

photo:03




やっぱりさ、
韓国料理にマッコリってすっごい合うね。
ビールじゃなくてマッコリ!


メニューはハングル+英語。
ここでまさかの末っ子妹子がハングルを読めたので大活躍。
ぐっじょぶ。

photo:04




美味しい参鶏湯をいただいて
身も心もあったかくなった私たちは、
この旅ぜったい楽しくなる!
と、確信して、
戦場へ向かうのです。


戦場、そう新羅免税店。


そこで買ったすばらしすぎるコスメの数々はいつかまたどこかでご紹介します。
(ほんとすばらしいよ韓国コスメ。)


お次は韓国と言えば豚さんサムギョプサル!
つづく!たぶん!

photo:07




土俗村
詳細はコネスト(韓国のことだいたいなんでも教えてくれるサイト)で♡
お久しぶりですうふふふふ。
実は続けるつもりはあるんですよ50音blog。
得意のサボリを華麗に決めていただけです♡
ゆるゆると続けていきます。


さてお久しぶりの50音blog「ふ」は夫婦。


私ごとですが昨日は3回目(たぶん)の結婚(式)記念日でした。
丸の内のフォーシーズンズにご飯を食べにいって、
できたてのドーバーストリートマーケットでうはうはウインドウショッピングして、
銀座熊本館にくまもんに会いにいってきました。
もうあほみたいに楽しかった。楽しすぎた。オットありがとう。


この結婚記念日の過ごし方、
3年前ではなかなか考えられへんかったやろうなあと思ったりします。


まずオットは基本的にはまめな人ではないので、
結婚記念日とか覚えていたか謎です。
ニンプの頃、予定日の1週間前とかの最後の週末で、
もしかしたら来週の週末にはベビコがうまれてるかもしれんから(そして実際うまれてた)
2人でご飯とか食べにいけるの最後かもしれへん!
だからなんか二人でおいしいもの食べにいこう!
と、誘った私に対してオットは、
「わかった、じゃあガストいこっか。」
と、
至極大まじめに、
言い放った人です。
いやほんとうに。


けどここ最近は、
お誕生日と結婚記念日は、なんかおいしいものが食べたいというと、
嫌な顔せず一緒にいってくれるようになった。
オットは別にグルメな人ではないので、
そんな進んで行きたい!ってわけじゃないんやけど、
私がおいしいものが大好きなことを知ってるから、
(そしてそういう時間を粗末にすると
私にブチキレられることをいい加減学んだから)
最近はとにかくお誕生日と結婚記念日は大事にしてくれるようになりました。


私は私で、
イベント大好き女子というめんどくさいカテゴリーに属しているので、
昔はお誕生日とか結婚記念日とか、
1日かけてスペシャルなことしてお祝いしてたかった。
ランチとディナーは別のおいしいものたべたい!とか。
(ああめんどくさい)
でも、ランチにちょっとおいしいものを食べられたら、
その後の予定はなんにもきまってなくても、
思いつきで面白そうな場所へいって、
思いつきでくまもんに会いにいって、
オットと息子氏ときゃっきゃと笑っていられたら、
もうそれだけで充分すぎるくらいスペシャルな一日じゃないかと
心から思えるようになった。


なんか一見あほみたいに思えるけど、
こういう小さい歩み寄りのようなものが、
夫婦には大事やったりするのかなと思う今日この頃。


今の時代、
twitterとかFacebookで、色んな夫婦関係を垣間みることができる。
そうすると、
あそこの旦那さんは、こんなにまめでお誕生日には毎年サプライズでお祝いしてくれるのに、
うちの旦那ときたら!
とか、
みんなのおうちはほんと育児に積極的やのにうちは。。。涙
とか、
簡単に比較できちゃったりする。


SNSをまったくやらへんオットが前にいってたんやけど、
SNSをやっている人はやっていない人に比べて、
現状の生活に対する満足度が低いっていう研究結果があるらしい。
ほんとかわからへんけど。
SNSで「しあわせ」アピールをみんなするために色々やらなきゃって考えちゃって、
それが目的になっちゃって、
競争みたいになっちゃうんやけど、
それに疲れて、競争してる周りと比べて、
自分は「しあわせ」じゃない。。
って思っちゃう人が増えるんやって。


私は基本的に、周りと何かを比較するとかということが極端に少ない人なので
(これ村上春樹もいってたんやけどほんとにそうで、
なんでやろう妬みというものにほとんど縁がない。
でもこれってほんとに性質な気がする。)
そこまで極端なことはないけど、
でもやっぱり、
周りの夫婦関係が簡単に見えるというのは、
きっと今までにはなかった環境で、
しょっちゅう
「はーうちのオットはほんとまめじゃないわ!」
とかは思ったりします。


たしかに、
そういう「しあわせ競争」みたいなのがあってもおかしくないかもなあ、
とも思う。


とは言え私は今でもSNSの発達は個人的にとてもすばらしいことだと思っています。
こんなに個人で何かを発信できるツールを持つ、
すばらしい時代はなかったと思う。
まだまだたくさんの可能性を秘めているし、
使い方を間違えなければほんとうにすばらしいものやと思う。
というかこの先はインフラのようなものになっていくやろうと思っています。
もうこれの是非の議論はちょっと的外れやろうと思ってる。


それでも、
長いメディアの歴史から見るとまだ新しい存在のSNSが急速に発達する中で、
トラブルだったりそういう「しあわせ」の形の微妙な変化みたいなものが
現れたりするのも事実やろうと思います。


で、話を戻すと、
そういうSNS時代の夫婦関係や悩みのようなものもやっぱりあるんやろうなあと。
思ったりするわけです。


でも、当たり前のことなんやけど、
自分のしあわせって、
自分の手の中にしかないんよね。


家族のしあわせって、
その家族にしかわからへん。


よく、芸能人の離婚のニュースがあって、
「仲の良い夫婦だと思ってたのでショックです」
みたいなコメントをきいたりするんやけど、
そんなもの他人の夫婦なんやからショックもなにも、
何があったかわからへんし、
人と人なんやから別れることもあるやろうと、
私はいっつも思ってしまうのです。


それは、
SNSがあろうとなかろうと同じこと。
夫婦も家族もみんなそれぞれなんやから、
それぞれのしあわせを築いてゆけばいいし、
何より大事なのは、
その目の前にあるしあわせをちゃんとしあわせやと、
かみしめていけばいくことなんやろうなと
思ったりするわけです。


だから私は
優しくて不器用なスペシャルMDTNと、
誰に似たのか優しくてちょっとシャイでちょっとちゃらい息子氏と、
家族の真ん中にあるしあわせをちゃんとみすえて、
結婚3年目(あれ、4年目)を、楽しくおかしく笑って過ごせてゆけたらいいなあと
そんな風に思う結婚記念日翌日であります。


だから今年こそかわいい奥さん目指そうと思います。
今年はオットにキレないことが目標です!
(3年前から言ってるけど!)

いやはやお久しぶりです。
どうもこんばんは。
どうもどうも。
今日からまた50音blog再開いたしますよろしくお願い申し上げますかしこ。


さて。


よく「人を見た目で判断してはいけない」というようなことを言いますが、
基本的にわたしは、
「人となりは顔に表れる」
と思っています。


この前Twitterで、
中学生の頃のエピソードみたいなのが盛り上がりをみせていて、
我が校のヤンキー事情みたいなのがたくさん寄せられていました。


それを読みながら私が思い出したのは、
「中学校における勉強ができるというとへの評価の低さ」です。
これ、うちの中学校はかなり顕著やった。
女子はそうでもないんやけど男子がね。
もうひどかった。


つまりヤンキー界において、
「勉強できること」は、
「かっこ悪いこと」
なのです。


だから頭がそこそこよかったのに、
わざと悪い点数とってる男子とかいたの。
こういうのをあほじゃなくてバカって言うんだ。


「勉強ができること」ですらそうなんやから、
「勉強をすること」への風当たりといったらそりゃもうなかなかの厳しいものがありました。


テスト前でもなんでも、
勉強することっていうのはダサいことやったのです。
いやほんとうに。


いやそういう環境はそれはそれで楽しかったけどね!
根はいいヤンキーばっかりやったし。
いやヤンキーじゃないか。


そういう中学校で育った私が、
進学校である女子校へいったとき衝撃やったのが、
勉強のできる美人がいっぱいいる。。。!!
ということでした。


だって、
ギャルの友達に、
(校則がちょうゆるかったからギャルがいっぱいいた)
「テストやばいー。勉強したー?」
って聞いたら、
「うん、したよ♡ヨユー♡」
って答えが返ってきたもんね。
衝撃を受けたよ私は。
なにこの答えかっこよすぎる。


私は「努力」という言葉は個人的にはあまり好きではなくて、
頑張る姿というのは人には見せるもんじゃないと思ってるんやけど、
それでも高校の友人たちの、
なんていうのかな、
あほで変わり者でお調子者で、
それでいて人間くさくて根がまじめで、
好きなことにはとことんひたむきでがんばりやさんなところに、
今でもすごくいい刺激をうけます。
結局そういう内面は
自信につながるし、
思い上がりでない自信は、女性を美しくすると思う。


そしてそういうのを決して押し付けるわけじゃなくて、
色んな性格も生き方もちゃんと受け入れてる感じが、
今もほんとうに心地いいのです。


高校のとき、休み時間って、
テスト前でやばいなーと思ったら休み時間でも勉強してたし、
読みかけの本があるときは脇目もふらず読みふけってたし、
眠いときは爆睡してたし、
恋してるときは(常にしてたけど)友達と恋バナしまくってた。
なんだかんだ周りの目を気にする私が、
好き勝手過ごしたのって、
けっこうすごいことやったなあと思う。
それくらいあの高校は、
私にとって居心地の良い場所でした。
何をしてても、どういう価値観も、受け入れられる空気があった。
それもやっぱり、
根本的に自分に余裕と自信がないとできひんことやろうなあと思う。


高校に進学する前、
おかーさんが、
高校の友達って一生ものやから。
大学ともまた違うから。
これからできる友達を一生大切にしーや。
って言ってた。
今その意味がすごくよくわかる。
私の今の価値観や、
生き方のベースは、
高校のあの空気感の中で培われたものやなってすごく思う。
あの3年間があって良かった。
そして多感な高校生の3年間を、
美人に囲まれて過ごせてよかった。
私の美人好きっていう特性もあそこで培われたんやろうなきっと。
うむ。


ところで美人は性格が良いというのが私とオットの共通認識です。
性格は絶対外見にあらわれる!
性格美人になりたいものです。

はまちゃんじゃなくてすみません。


まさかのバースデーですみません。


私事ですが先日ひとつ歳を重ねてみました。


25歳を過ぎたあたりから自分が何歳なのかがとっさに思い浮かばなくなっており
去年のお誕生日は自分が28歳になるものやとばっかり思っていたら27歳でびっくりしました。
それくらいてきとうな人生を歩んでおります。


そんなてきとうな人生におきまして。


わたしは昔からそうやったんやけど、
とくに母を亡くしてからは、
自分が死ぬってことにたいして全く怖くなくなった。


命を祖末にするということではもちろんなくて、
ただ人にはどうしようもないことがあるんやっていう諦観が
しっかりできあがってしまった。
ひとは死ぬもんや、っていうことが身を持ってわかったし、
今まででも充分すぎるくらいしあわせに生きてきたし、
今日死んでも特に後悔はないやーって、
いつも思いながら生きてきた。


でもこないだ、
高いヒールで会社の階段を降りていて、
こっから落ちたら死ぬよな、と思ったら、
いやいや絶対ここで死ぬわけにはいかへん!
と、冬山の登山並みに思った。


自分のお葬式のことを想像してみると、
オットが喪主で、
「ツマはあまりにもわがままでしたがそれでもたまにはかわいいやつでうっうっ、」
とか泣き始めるところはまだなんとか冷静に想像できたんやけど、
(ツッコミ不要)
私のいないその場所で、
息子氏がわんわん泣いて、
妹たちがそれを必死でなだめて。。
みたいなところを想像したら、
もう胸がきゅいいいいいんと痛んで、
いてもたってもいられなくなってしまった。


そのとき、
ああ私ほんとうに死にたくない。
死ぬのがこわい。
というか
今は絶対死ねない
って思いました。


オットがこないだ、
学生の頃は車の運転なんて全然怖くなかったのに、
今はツマと息子氏を乗せて運転するのからものすごい緊張する
って言ってた。
守るべきものができると、
人はどんどん恐がりに臆病になっていく。
強くなっていくはずが、
弱さもどんどん露呈する。


でもそれって自然なことなのかもしれへん。


両親からうけついだ命をこどもにつなげると、
いのちの輪郭のようなものがものすごくクリアに見えてくる。
おかーさんは初めての妊娠で色々不安になりながらおなかの中の私を大切に大切に育ててくれて、
必死の思いで生んでくれて、
おとーさんとおかーさんはきっと私の寝顔を見て笑いながらいろんな話をして、
そうして時間を重ねながら今の私がいる。
その私が今度は、
不良ニンプながら息子氏を大事に大事におなかで育て、
ビックカメラでの陣痛の末に息子氏を生んで、
オットと毎日息子氏の寝顔を見ながらほわーんとしあわせな気持ちに浸ってる。


そうしてうけついだいのちを
私は必死になって守る責任がある。
だって、子どもはおかーさんを無条件に心から必要としてるって、
私は知っているから。


だから私は、28年前におかーさんが大変な思いをして
生んでくれた自分の命を、
全力で大切にしたい。
せめて息子氏が大人になって結婚して子どもができて、というときまで生きたい。
いや、ひ孫の顔だってみたい。
どうやら母になるというのは、
臆病で欲張りになるということらしいです。


なんていうことを改めて思う、
28歳と2日の今日。


私が28歳になれたのは、
周りにいてくれるたくさんの人たちのおかげです。
お誕生日は周りのひとに感謝する日。
みんな私を28歳にしてくれてどうもありがとう!



復職してもうすぐ一ヶ月。
あっというまのようなみっちり長かったような。
時短勤務をいただいているので、
もうそれはそれはものすごい早さで一日が終わります。
お仕事中はほんとびっくりするくらい息子氏のことを考えているひまがない。
でもその分お迎えにいったときの息子氏のかわいさといったらハンパない。
最近はあんよがだいぶ上達してきたので、
私をみつけると遠くから
んもう一年ぶりに会った遠距離恋愛の恋人かってくらいの満面の笑みで、
こっちに向かって歩いてきてくれます。
かわいいかわいすぎる。
週末ギャングすぎてほとほと疲れたことなんてもう忘れた。


とまぁそんな具合で、
息子氏はあいかわらずかわいいし
お仕事は楽しいしで
なんだかんだメリハリのある充実した毎日を過ごしております。


おりますのですが。
産休前となにかがちがう!
いや、ちがうことだらけなんやけど、
部署も仕事も勤務時間もなにもかも違うんやけど、
それにしても大きくちがうことそれは!!
飲み会に行けない!!!!ザッツオール!!!


うちの会社はまあほんとうにほんとうに飲み会が多くて、
新入社員の頃はそれがカルチャーショックで大丈夫なのか耐えられるのかわたし!
と、思ったことも多々ありました。
だって、
20時くらいに飲み始めて、二次会でカラオケいって、
そこまではまあわかるんやけど、
そのあと夜中三時から三次会にお寿司食べにいくんですよ。
そんで大量のお寿司と大量のビールをまた頼むんですよ。
いったいなんなんだここは!
なにごとなんだ!
と、うら若き私は思ったものですが、
何が一番びっくりしたって、
それを私の父親に話したら、
父親なんやから心配するかと思いきや、
「社会人ってのはそういうもんや」と言い放たれたことですええ。


というわけでうら若きサラリーマンの私は、
父親の一言に感銘をうけ、
これはやるしかないというわけで
そんな飲み会続きの日々を送っておりました。


それはなかなかハードやった気がするんやけど、
この会社にももう6年くらいいると、
それがぱたりとなくなってしまうと
やだなんなのちょっとさみしい!
とか思ってしまうから不思議です。


家族がいるので、
もうあんまり身体に無理はさせないでおこうと
基本的には思ってるんやけど、
それでもやっぱり、
飲み会の空気ってものすごくなつかしい。
お酒が入ったときの、
妙な親近感とか、
開放感とか、
あの場の空気が、
なんだかんだ嫌いじゃないんやろうなあ。
特に好きな人たちと飲むお酒は、
ほんとにほんとにほんとに最高。


同期たちと飲んで、
一人の同期のおうちに明け方に押し掛けたりとか、
母校の近くのおいしいおでんやさんの定例会とか、
関西人ばかり集めておもしろいこといわへんかったらいっきさせられる飲み会とか、
同じゼミ出身の先輩とかたりながら飲む会とか
麻布十番のものまねバーとか
蒲田の餃子とか
飯田橋の京料理とか
六本木のごま油のお鍋とか
やだおなかすいてきた。


明け方まで続く飲み会は
体力的にもきつかったはずやのに、
思い返してみると
なんか結構あったかい思い出としてよみがえるからおもしろい。


お酒なんてなくても人間関係は作れるよ
って思ってたし、
まあ今だってそれは可能やと思うんやけど、
いざ飲み会なし生活を続けてみると、
やっぱり、
お酒(や飲み会)で深くなっていく関係っていうのは確実にあるなあと
思います。
いや、ここではっきりいっとくと、
お酒さいこう。
ああ飲みたい。


そんなわけでそろそろお酒というか飲み会解禁をしたいわけですが
平日はオットの仕事の関係上どうしても難しいので、
誰か土曜日にのみにいきましょう土曜日!
夜遊びがしたいお年頃らしいです。
という、ただの飲んだくれの本日の日記。
(知ってましたかこのブログのジャンルは「のんだくれ」です)



「ね」に関しては最初、
「猫」というテーマで、
私はどちらかと言うと犬派なのですが好きになる人は格段に猫派が多いということについて深く考察してみようかと思ったのですが、
特に結論がでなさそうなのでやめました。
ぜひ誰か分析してください。
犬派女子が猫派男子に惹かれる理由。
(なにそれ)


さて寝顔について。


好きな人の寝顔を見るのがしあわせ(はーと)
なんてことを言っていた時期があったかどうかすらもはや記憶にありませんが、
ここにきてまた、
私にもしあわせな寝顔というものができました。


ええそうです息子氏の寝顔です。
でもそれだけではなくて、
息子氏とオットが並んで寝てるときの寝顔です。


いやもうね、
オットの寝顔なんて最近、
「ひげのびてるなー」とか、
「あごが二重あご化してるなー」とか、
そんなことを感じるくらいやったわけですが、
息子氏と並ぶととたんにそのかわい。。。くはないけど、
キュー。。。トでもないけど、
なんていうの、その、おんなじような顔が、
でかいバージョンとちっこいバージョンで並んでるのって、
なんともいえずきゅんとくるものがあるんですよええ。
いやあくまで二人並んだら、ですよ、二人並んだら。


家族やなあって実感してしあわせな瞬間って、
たくさんあるんやけど、
この並んだ寝顔っていうのも格別です。


なんかねー
寝顔って基本的にものすごくあほっぽいじゃないですか。
子どもの寝顔って、
天使とかよく言うんやけど、
そんな美しいものではなくて、
あほっぽすぎてかわいすぎる、
っていう質のものです。私の中では。
いや天使は天使なんやけど。かわいいから←あほ


そこに、オットの(あほっぽい←内緒ですよ)
寝顔が並ぶと、
なんなのかなあ。
このあほっぽい親子とすごすあほっぽい毎日という
このあほっぽい平和感に
あほみたいにしあわせを感じます。


いいですか関西人にとってあほとはほめ言葉です。
(た、たぶん)


私は今まで両親に、
「勉強しなさい」とはたったの一度も、
受験生のときですら一度も言われずに育ちました。
三姉妹の女系家族だったので、
しつけというかなんというか、
まあ門限だったりなんだったりっていうのはそこそこ厳しくて、
いかんせんダメ長女の私は
思春期にはそれすら窮屈で、
無駄な抵抗をよくしてしまいましたが
(ほんとすみません)
勉強に関しては、
窮屈だなあと感じたことは一度もなかった。


だから今歩んでいる道は、
間違いなく、
私が自分で選んできた道やって言い切ることができる。


それは私にとってものすごく大切な意識で、
結構自分の軸になってるところやろうなと漠然と感じています。


そしてその道は、
私がものすごく強い信念と、
「こうあるべきだ」という理想を持って突き進んできたというような
堅い道ではなくて、
とてもありがたいことに、
色んな偶然や出会いが重なって、
自然と自分がこうありたいなあという道ができてきた感じ。


これはひとえに、
うちの両親が、
がちがちに決めた道を押し付けてきーひんかったからなんやなって、
今ではわかる。
思春期のときはわからんかったけど。
重ね重ねすみません。


だから私も、
息子氏にはできるだけ、
「こうあるべき」っていう道をおしつけることは
しないでおきたいなって思います。
大切な局面で、
きちんと自分で選べるような土台を
作っていってあげたい。


で、そのためには、
家庭という場所を、
いつまでも、
あほっぽい寝顔ですやすや眠れるような、
ゆるーいあほっぽさを持った場所にしていきたいなと思うのです。
いや、ほんと、
いい意味で。


そんなあほっぽい想いを抱きながら、
あほっぽい二人の寝顔を、
あほっぽい顔でのぞく今日の私です。
ああなんてあほっぽい家族。
ああなんてあほっぽいブログ。



日本語。。におそらく限らず、言語っていうのはおもしろいもので、
次々と誰かが新しい言葉を考え出す。


「ぬけ感」なんて誰が考えたんやろう。
イクメン、とか、イクダン、とか、はたまた女子会とか、いわゆる固有名詞というか、
属性を示す単語のようなものは、
出どころもまぁだいたい想像がつく。


そういうカテゴリーをつくると、
得をする人がいるのです。
というか儲かる人がいるのです。
いや、そういう言い方をするとちょっとマイナスイメージですが、
よくいえば経済が活性化するのです。
素晴らしい。


でもじゃあ「ぬけ感」みたいな、
特定の人やモノを表す単語ではなくて、
何かを(たぶん)形容している言葉って
どういう経緯でうまれてくるんやろう。


私はそういう仕事に関わったことはないのであくまで想像なんやけど、
こういうのはやっぱりファッションとか美容とかそういうところから出てくるものなんやろうか。
たとえば新商品のプレスリリースに、
「ぬけ感」みたいなキャッチーな言葉を入れると、
メディアに取り上げられやすいとか。
もしくは単純に女性誌あたりが目のひくコピーとして使い始めるのか。


わからへんけれども、
まぁどこかで誰かが今日も新しい単語を考えついてるわけです。
すごいよね。
よく思いつくなぁと単純に感心する。


そんなわけで「ぬけ感」。
言ってはみたものの別に今日まで使ったことはなかった気がする。
でもぬけ感ってなにかと考えてみて、
(というか男性のみなさまはぬけ感なんて言葉知らんのじゃなかろうか。)
私が思うぬけ感はあれです。
ロールアップしたジーンズに素足でハイヒール!
これですこれ。
大好き。


ハイヒールというフォーマルに、ジーンズを合わせる「ぬけ」た感じ。
そして、ロールアップしたところから見える素足という「ぬけ」た感じ。
はーステキ。
なるほどこうやって使うのか「ぬけ感」。
なんて便利な言葉だ!


とここまで書いて思ったんやけど、
もしかして「ぬけ感」って、
「垢抜け感」ってこと?
ならわたしちょっと意味履き違えてる?
でも新語の定義ってどうやって決めるんやろう?


。。。まいっか。(いいのか。)


さて。
ぬけた感じの話をしていてふと思い出したのが。
昔カンボジアのプノンペンからシェムリアップに向かうバスから見た風景です。


プノンペンからシェムリアップって結構距離があって、
飛行機では30分くらいでつくんやけど、
陸路でいくと舗装されてないガタガタ道を五~六時間揺られていくことになります。
なんでそんなことをしたかというとまぁお金がなかったからです。
(決して安全とは言い切れないのであんまりおすすめしません)


で、そんな貧乏旅行のなか、
オンボロバスに揺られてほんとカンボジアの田舎道を走ったわけですが。
窓の外は、ずっと向こうまで地平線が見渡せる「ぬけた」景色やった。


どこまでも続く地平線と、
ところどころに建つ掘っ立て小屋のようなおうち。
お庭のブーゲンビリア。
洗濯物を干すお母さん。
自由にゆったり水浴びをしている牛たち。


真っ赤な夕日に照らされたそれらの日常の風景が、
ほんとうにほんとうにほんとうに美しかった。


別になんてことない日常の風景のはずなんやけど、
なぜか今も忘れられない。


そこで感じたのは、
旅情、という一言で表せるものでもなかった。
自分はカンボジアの田舎で暮らしたことはもちろんなかったけど、
遠い昔の記憶と重なるような、
懐かしいような、
でもやっぱり別世界のような、
不思議な感覚。
言葉では言い表せへん感覚。


言葉ってものすごいチカラを持つし、
「ぬけ感」なんてうまい言葉やなぁととても思う。
それに仕事にしても友達や家族とのコミュニケーションにしても、
やっぱり的確な言葉で思いを伝えるのは大事やと思う。
それでも人間の感情には、
どうしても言葉では表せへんものが確実に存在する。


そういうものを
心にただそっと留めて
少しずつ集めて生きていくのも
それもまたいいじゃないかと
思ったりします。


そういう積み重ねが人生を豊かにするんやんねきっと。


というわけで
私は今日もロールアップしたジーンズにハイヒールを合わせてぬけ感だいじーとか言いながらぬけぬけと生きていこうと思います。
(なにそれ)










どうでもいいようですが、
私が出産をしたとき、
生まれてきたかわいすぎる息子氏をみて
(今見返してみるとどうみてもガッツ石松なんやけどあのときはこんなにかわいい赤ちゃんが世の中にいるのかと震えた。)
言いようのない感動を感じたあとにそっこうで
「か、髪の毛が生えてる。。。!!」と、思いました。


もちろん個人差はありますが
うちの息子氏は結構髪がふさふさで生まれてきた。


考えてみてください
髪の毛ですよ髪の毛。
毛がはえてるんですよ。
自分の中に
自分以外の毛が生えた生き物がいたなんて!!
きっとおなかの中で髪の毛がゆらゆらゆれていたわけですよ!!
そ、それなんてホラー!!


いや、
わたしはつわりがつらかったこともあって、
なんというか体がもう自分じゃなくなったみたいに感じていて、
自分の中に心臓が動いている赤ちゃんがいるなんて
私ってなんてエイリアン。
と、つねづね思っていました。


自分が二つの心臓を持ってるなんて!
いやすごいよどう考えてもすごいニンプってまじすごい。


余談ですが、
つわりがきついお母さんっていうのは、
結構アクティブな人が多いという説があるそうです。
おなかの中の赤ちゃんが、
「うちのおかんはつわりにでもしとかへんかったら、
この大事な妊娠初期にも無理しまくるにきまってる。
つわらせといて、無理のきかへん体にしておこうくっくっくっ。」
っておかんをつわり地獄に陥れるらしい。
それに関してはいつか息子氏によく言って聞かせようと思います。
そんなことしなくていいからわかったからふざけるな(はーと)と。


と、言ってはみましたが、
つわりで四ヶ月間廃人にさせられたわたしは、
少し落ち着いてからというもの、
いやぁほんとうによく食べよく遊びました。
楽しかったなーニンプ後期♡


特に産休に入ってからの二ヶ月!
もうねここぞとばかりに遊びほうけたね!
だって二ヶ月のお休みなんて初めてやったんやもん!


とにかく美味しいものをたくさん食べておきたくて、
重たいおなか抱えて坂道をえいやこら登って椿山荘のアフタヌーンティーをお友達と食べにいったりとか
愛する丸の内ハウスで夜中二時とか三時まで夜遊びしたりとか
予定日一週間前に会社の先輩との飲み会にいったりとか
ある日突然ハーブを育ててみたくなって、
ホームセンターで土を五キロ持って歩いて帰ったとか(三日後に陣痛きた。)
あぁ楽しかった実に楽しかった!


だから私は世の胎児たちに声を大にして言いたい。
自分のおかんはほっといたら遊びほーけるから、
つわりにしてやろうくっくっくと思っているならそんなものはまだ甘い!
そういうおかんはつわりが落ち着いたらその反動で間違いなく後期に遊びほうけるから!
無駄な抵抗はやめて今すぐつわりにしてやろうなんてことはやめなさい!


そんなわけで、
私はエイリアンだわーうふふー!
とか言いながら、
後期のニンプ時代を結構おもしろおかしくすごしていました。
いやこれは悪い例なので良いニンプの
みなさまは決してまねしないでください。


そんなふざけたニンプの私でしたが、
息子氏を出産してから、
退院する日。
いつも会社帰りに、
おなかの中にいる息子氏と毎日毎日歩いた道をタクシーで通ったとき。
突然ものすごくさみしくなった。


これはほんとうに自分が出産するまでわからへんかった感情なんやけど、
十月十日、ずーーーっとおなかの中にあった命が、
急に外へ出て、
自分と別の命として人生を歩み始めるというのは、
もちろんすごくしあわせであると同時に、
とてもとてもさみしいものだったのです。


仕事でとんでもないトラブルにまきこまれて胃がきゅーってなったときも
お客さんのところへいってお金の話をしているときも
飲み会へいってがはがは笑ってるときも
オットとけんかしたときも
いつでもずっと私のおなかの中にいて
いつもいつも一緒だった存在。
それがもう私とは別個の人間として存在してる。
それは私にとって、
息子氏に初めて出会った瞬間であると同時に、
息子氏との初めてのお別れのような瞬間でもありました。
ぺたんこ(。。ではないけど厳密には)のお腹をみてほんとにさみしくなっちゃって、
おうちに帰るタクシーの中で号泣したことを覚えています。


子育てにはきっとこの先も、
こういうお別れの瞬間というのがたくさんあるんやと思う。
実際、超高速ずりばいが得意技やった息子氏の姿はもう見られなくて、
ハイハイをすることも急にかなり減ってきた。
24時間いつも一緒やった息子氏と、
夕方まで離れて私は自分の仕事、息子氏は保育園での生活が始まった。


こうして少しずつ少しずつ、
息子氏は私の手を離れていくんやと思う。
少しずつ手を離すこと、
それでも生きて行けるようにしてゆくことが、
子育てなんやろうと思う。


私のおなかから出て、
自分の足で地を踏んだ瞬間、
それは私の人生ではなくて息子氏の人生になった。
これからのしあわせは息子氏が自分でつかんでいくものやし、
きっと私はそのほんのちょっとの手助けしかできひんねんやと思う。


でも、
それでも、
どれだけ手が離れていっても、
いつまでも、
私は息子氏の味方だよということだけは
伝えていきたい。
最高の味方でいてあげたい。
何かあったときに、
物理的になにかするわけじゃなくても、
自分の軸がちゃんとあるという自信につながる、
そういう芯のようなものでありたいなと思う。
そういう家族でいたいなと思う。


文字通り一心同体で過ごした
十月十日、
もう戻る事はぜったいにないあの毎日に感じていたことを、
できれば忘れずに、
息子氏の成長を見守っていきたいなあと思います。
あのときと同じように息子氏を守ることはもうできひんけれど、
人生でたった数ヶ月しか経験することのないあのエイリアン体験で得たものは
振り返ってみればとても大きかったと思うから。


そんなわけで
不良ニンプのおなかで育った息子氏は
めきめきとたくましく成長中です。
毎日毎日ほんと楽しそうにたくさん笑っている息子氏を見ていると、
こんな世の中も悪くはないんやろうなって心から思う。
子どもは希望です。
だから声を大にしていいたい。
つわりなんて無駄な抵抗はやめて、
すくすく育て世の胎児たち♡




毎年のように、
夏がくれば「あぁ暑いのむり、冬の方がまし」と言い、
冬がくれば「あぁ寒いのむり、夏の方がまし」
と思いながら生きてきました。


が、数年前にそれは間違いだと気づいたのです。
そうですわたしは冬の寒さにはまったく耐えられないけれども夏の暑さはしのげるのだと。。。!!


思えば中学生の頃。
バレー部やったわたしは、京都のあっつい夏の盛りに、
サウナかというような体育館で
毎日スパルタトレーニングをうけていたわけですが、
それ
嫌いじゃなかってんよなぁ。


むしろサウナ状態での練習って爽快やったそういえば。
毎日2リットルのペットボトルにお茶いれて
それ全部飲み干すまで練習してたけど
いやーあれは楽しかった。


しかも私は気づいたのです。
暑ければ海にはいればいい!
それだけ!
あいらぶうみ!
いっつしんぷる!


そもそも私はじりじりと焼けるような太陽っていうのが
嫌いじゃない。
いや好きなのです。
だから
「今年こそ美白する!」
と言っては南国へですね、
でかけてしまうのです。
だめですほんと日焼けはだめですよいやほんとうに。


それに気づいてからは夏がほんとうに楽しくなった。
これは自分の中でかなり大きな気づきやったようん。
冬より夏が好き、っていうのは。


去年のあの猛暑の中
生後3ヶ月とかの息子氏をスリングに入れて
ほぼ24時間ぴったり密着して過ごすという
もはや何かの罰ゲームかというような生活も
そこまでは苦じゃなかった。


しかしですね。
それに気づいてしまったからには避けられない事実。
そうです私は冬が嫌い。ああだいっきらい。


中学生の頃はさ
冬の寒い中手をつないで好きな人と一緒に帰れるなんてすてき(はーと)
とか思っていたような気もする。
そんな気もするんやけど、
私は今やそんなぴちぴち若くない。


寒いのは無理だ。
どんだけ好きな人がいたって寒いもんは寒い。
ほんとうに無理だ。


何がいやって、
あの冬がもたらす閉塞感。
肩をきゅっとすぼめて歩くあの感じ。
肩こりひどくなるしさ!!


それに比べて夏の解放感!
そして何よりも
夏がもたらすあの怠惰な感じ。
そりゃ南国の人はゆるゆるとなってゆくよ。
やる気なくなるもん暑ければ。
やる気のない感じというのは
私のとても好きな感じです。


とか書いてて思ったんやけど、
これは結局自分がどういう風にありたいかってところに似てる。


寒い冬の中、窮屈に肩をすぼめて生きるんじゃなくて、
暑い夏の中、ゆるゆるといい感じにてきとうに生きていたい。


と常に思ってるんやけど、
何ならたぶん小学生くらいの頃からずっとそう思って生きてるんやけど笑、
やっぱりまだまだ肩の力が入っちゃうなぁ。


でもこれは年齢を重ねるとどんどん肩の力は抜けていくよ、
と大好きな姉貴分に言ってもらったので、
そうなっていけるようにこれからも頑張りません。あえて。


しかしこんなこと書いてると、
いろんな人から(特に会社関係)いや充分てきとうすぎるから!
とつっこまれそうではありますが
そんなツッコミはただいま受け付けておりませんのでなにとぞよろしくお願い申し上げます。


あ、あと、冬は嫌いなんやけど、
極寒の地の露天風呂最高。
雪見風呂最高。
あー冬さいこう!
というてきとうな感じでしめたいと思います。


てきとう万歳。
ゆるゆるゆる。




村上春樹が言いました。
「ダンキンドーナツが日本から撤退したのは国家的悲劇だ」と。


しかしわたしはこないだシンガポールかどこやったかでダンキンドーナツ食べたけど、
ミスドの方が美味しいと思ったよ。


というわけでもしミスドがなくなることがあるとすればそれはほんとうに。。。
ホラーですね。
きゃーこわい。


さて。
みなさん知っていますか。
授乳中はやたらおなかがすくということを。


よく考えたら離乳食を食べ始めるまでの約半年間。
息子氏は母乳だけで育った訳です。
約3キロで生まれた息子氏が
約7キロになるまでのその4キロは、
単純に母乳だけででかくなったわけです。
つまり私から4キロをとっていったわけです。
いやそれ以上とっていったわけです。
なのになぜ4キロやせないのだ!!!!
と、いうことはさておき。


母乳やとどれだけ飲んでるかって計らへんから
よくわからへんけど、
まあ相当飲んでたはず。
だって一日中授乳してたもん。
ほんっと一日中くっついてたもん。
あー暑かったほんとうに暑かった。


よく考えてみれば私は、
妊娠前って甘いものも好きやったけど、
「なければしぬ!禁断症状がでる!」
ってわけでは決してなかった。
のですが、
ニンプの後期あたりから授乳中(いまもやけど)
にかけて、
ほんと甘いものないと無理!
というからだになってしまいましたああおそろしい。


でもこれほんとうに、
体が欲してるんやと思う。
だって子育てって!
知らんかったけど!
ほんとに体力勝負なんやもん!!!
ちっこいモンスターとの24時間のたたかいなんやもん!!!


赤子が活発に動き回る前は
それこそほんと一日中授乳してたわけですが、
これはこれでなんかしらんほんと体力消耗するし、
動き出してからは追っかけ回すだけでもう疲れるし!


だから手っ取り早くカロリーがとりたくなってるんやろうな。
体がね。体が。


そこでどーなつです。
どーなつ。


旨い
安い
カロリー高い
かわいい
愛しい
カロリー高い
穴あいてるから食べやすい
カロリー高い
あいしてる


どうですこの子育てにぴったりなスイーツは。
こんなもの誰が考えたんでしょう。
どーなつ伯爵ですか。
表彰したい。


私があいするフロレスタというどーなつ屋さんは、
双子のパパとママが
子育て中に、
「子どもでも安心して食べられるおやつを作りたい」
という理念のもとで小さいどーなつ屋さんを始めたそうです。


しかし私はひそかに思っています。
もちろん子どもにたべさせてあげたいという熱い思いは当然あれど。
双子育児でへろへろになってるところで
どーなつはきっと救世主やったのではなかろうかと。


24時間大切すぎる何かと向き合っているというのは
とてもしあわせではあるけれどもしかしまあ
初めて守るべき存在ができたというのは
とんでもなくこわいことでもあります。


そんな日々の中で
どーなつを食べてほっとするそのたった1分の時間が
とっても大切やったりするのです。
そういう時間をうまくとりつつ
(気持ちは)ゆったりまったりのんびりと
子育てをしていきたいなあと思う所存です。


以上が、
私がどーなつばかり食べていることの果てしない言い訳です。
あーフロレスタ食べたい。